インブリードとは?
競馬の重要な要素の一つに「血統」があります。生産者たちは過去300年にわたり、“走る血”を追求し、異なる血統同士の配合を試行錯誤し続けてきました。これにより、サラブレッドの血統研究は長い歴史を持ち、その中で生まれた答えの一つが「インブリード」です。
インブリードとは近親交配のことで、JRA公式サイトによると、血統表で5代前までに同一の祖先を共有する配合を指します。これを「クロス」とも呼びます。
例として、オルフェーヴルの5代血統表を見てみましょう。以下に示す5代血統表の画像は、すべて競馬ソフト『TARGET frontier JV』を使用し、JRA-VAN DataLab.(データラボ)で利用できるものです。
父方の4代前と母方の3代前に同じノーザンテーストという祖先が見られる場合、これがインブリードにあたります。この場合、4代前と3代前の祖先にノーザンテーストが存在するため、「ノーザンテーストの4×3」と表現されます。もし、5代前と4代前の祖先に同一の馬がいる場合は、「○○の5×4」と記され、数字は世代数を示します。
このようなインブリードを持つ競走馬は多く、過去にはセントライト(ロックサンド3×4、ドノヴァン4×4)、シンザン(ゲインズバラ4×4、サンワーシップ4×5)、オグリキャップ(ナスルーラ4×5、ネアルコ5×5)などの名馬が誕生しています。近年では、アーモンドアイ(ヌレイエフ5×3、ノーザンダンサー5×4)、キタサンブラック(リファール4×4、ノーザンダンサー5×5×5)など、インブリードが名馬に大きな影響を与えています。イクイノックスにもリファールの5×5×4、ヘイローの4×4という2つのインブリードが存在します。
アウトブリードとの違いとは?
インブリードの配合により、これまで世界中で数多くの名馬が誕生してきましたが、すべてのサラブレッドがインブリードを持っているわけではありません。インブリードの“対”となる配合として、「アウトブリード」というものがあります。
インブリードが近親交配であるのに対し、アウトブリードは異系交配とも呼ばれます。この二つの大きな違いは、5代血統表の中に同じ祖先を持つかどうかです。アウトブリードは、血統表の5代前までに同一の祖先を持たない配合を指します。
JRA公式サイトによると、アウトブリードの目的は「異なる系統の交配によって不良形質が現れる確率を低減させ、馬の生産力、活力、運動能力の向上を目指す」ことです。一般的に、アウトブリードで生産されたサラブレッドは体が丈夫で気性が安定していることが多いとされています。代表的なアウトブリードの活躍馬には、メジロマックイーン、ナリタブライアン、アグネスデジタル、ジャスタウェイなどが挙げられます。
配合におけるインブリードを行うメリット・デメリットとは?
JRA公式サイトによると、インブリード配合の目的は「共通祖先の望ましい形質を固定させること」とされています。つまり、父・母の5代前までにいる同じ祖先を掛け合わせることで、その共通祖先の優れた競走能力や特徴を強調し、子孫にもその高い能力を継承させることが狙いです。
インブリード配合はサラブレッドの生産において特別な方法ではなく、むしろスタンダードな手法です。前述の通り、これまで日本や世界でインブリードによって数多くの名馬が誕生していることから、より速く走る競走馬を生産するためには有効な手段だと言えます。
その中でも特に効果的とされているのが、父方と母方の4代前と3代前に同じ祖先を持つ4×3(または3×4)の配合です。この配合は「奇跡の血量」とも呼ばれ、3代前の祖先の血量(12.5%)と4代前の祖先の血量(6.25%)を合わせた18.75%の血量が、インブリードの効果を最も高めるという理論です。
実際、日本でもトキノミノル、トウショウボーイ、ブエナビスタ、オルフェーヴルなど、4×3のインブリード=奇跡の血量を持った名馬が数多く登場しており、この理論の正しさを証明しているようにも見えます。しかし、奇跡の血量そのものには科学的な根拠はないともされています。
ただし、インブリード配合にはメリットだけでなくデメリットも存在します。近親交配が進むことによって、気性が荒くなったり、体質が弱くなるなどの悪影響が出る可能性もあります。特に1代前、2代前の近い祖先を元にしたインブリードでは、その悪影響が顕著に現れることが多く、極端な近親交配は避けるべきだと言われています。
インブリード・アウトブリードで生産された名馬
それでは、インブリード、アウトブリードで生産された名馬たちの代表例を見ていきましょう。
■エルコンドルパサー(インブリード)
これまでにいくつかのインブリードを持つ活躍馬の名前を挙げてきましたが、日本競馬における特に特徴的なインブリードを持つ名馬と言えば、エルコンドルパサーが挙げられます。
まず、エルコンドルパサーの血統には、ノーザンダンサーの奇跡の血量である4×3のインブリードのほか、ネイティブダンサーの4×5という別のインブリードが見られます。さらに、牝馬のインブリードも発生しており、その血統には世界的な名種牡馬ヌレイエフやサドラーズウェルズを輩出した名牝スペシャルの4×4が含まれています。加えて、スペシャルと同じ父・母を持つ全妹リサデルが母方の3代前(曾祖母)に位置し、これによって全姉妹・全兄弟の血統が同じ馬とみなされる観点から、スペシャルとリサデルの4×4×3という珍しい全姉妹インブリードが成立しています。
このように、エルコンドルパサーは種牡馬、牝馬両方のインブリードを複数持ち、非常に濃い近親交配で誕生した馬であると言えます。血統表を見ただけではインブリードの悪影響が心配されるかもしれませんが、実際に誕生したエルコンドルパサーは、世界的に活躍し、優れた評価を受けています。複数のインブリードが見事に成功した例と言えるでしょう。
■ディープインパクト(アウトブリード)
近年の日本競馬において、アウトブリードで最も成功したサラブレッドとして挙げられるのがディープインパクトです。
その父であるサンデーサイレンスは、1990年代までの日本や世界の競馬において主流だったノーザンダンサー系やナスルーラ系などの血脈を持たない異系血統を背景に持っています。これにより、インブリードによって同系統の血が濃くなりすぎるリスクがなく、当時の主流系統の優れた繁殖牝馬との配合がスムーズに行われました。また、サンデーサイレンス自身が種牡馬としても成功を収め、その血統からはフジキセキ、ジェニュイン、ステイゴールド、アグネスタキオン、マンハッタンカフェ、ハーツクライなど、アウトブリード配合で活躍馬を数多く輩出しました。その中でも、サンデーサイレンス産駒の晩年にあたる第11世代として誕生したのがディープインパクトです。
ディープインパクトの母ウインドインハーヘアは、現役時代にドイツGIアラルポカルを制覇し、英国GIオークス2着、同ヨークシャーオークス3着といった実績を誇ります。曾祖母ハイクレアは英仏クラシックを2勝し、一族からは英国ダービー馬ナシュワン、英チャンピオンSを制したネイエフ、GI6勝を達成したバーイード、日本ダービー馬レイデオロなどが出ている名門牝系でもあります。ウインドインハーヘアの父はノーザンダンサー系のアルザオであり、サンデーサイレンスはノーザンダンサー系牝馬との相性も抜群だったことから、ディープインパクトはその優れた競走能力を受け継ぎつつ、牝系の良さも見事に引き継いだ結果と言えるでしょう。
この章のまとめ
サラブレッドの血統はその奥深さと歴史の長さにおいて非常に興味深いものです。その中で、特に注目しておきたいのが今回取り上げた「インブリード」と「アウトブリード」という配合の形です。
もちろん、どちらの配合が優れているかという議論ではなく、インブリードとアウトブリードそれぞれには独自の特徴やメリットがあります。たとえば、活躍馬をインブリード別に分類することで、「○○のインブリードを持つ馬はスピードが優れている」といった馬券に役立つ特徴が見えてくるかもしれません。
また、「奇跡の血量」の効果を信じて、4×3のインブリードを持つ馬を優先的に注目する方法もあります。日本ではサンデーサイレンス系が牡馬、牝馬ともに大きな勢力を誇っており、すでにサンデーサイレンスの4×3を持つエフフォーリア、デアリングタクト、ジェラルディーナなどがGIを制覇しました。今後も「SSの4×3」は注目されるでしょうし、いずれ「ディープインパクトの4×3」の血を引く馬も登場するかもしれません。そのようなサラブレッドがどんな能力を持つのか、非常に楽しみです。
一方で、サンデーサイレンス系が繁栄しすぎ、次世代の配合が難しくなってきた現在、かつてのノーザンダンサー系に対するサンデーサイレンスのように、異系血統を持つ新たな種牡馬が登場する可能性もあります。その時には、ディープインパクトのようなアウトブリードの名馬が誕生することでしょう。
このように、血統を軸に競馬を見て予想することも競馬の楽しみの一つです。特に、JRA-VANが提供するサービスの一つである「JRA-VAN DataLab.(データラボ)」や競馬情報データ分析ソフト『TARGET frontier JV』を活用すれば、正確で膨大な血統データを検索し、現役馬から過去の名馬まで血統表からインブリードの有無を調べることができます。さらに、JRA-VANにはPCソフト「JRA-VAN NEXT(ネクスト)」やスマートフォンアプリ、手軽に予想したい方向けの「JRA-VAN TRY」など、さまざまなサービスが用意されています。ぜひこれらを利用して、サラブレッドの血統の奥深さに触れてみてください。